(福祉ボランティア・福祉援助団体)

明日を創る愛と奉仕

 
 
 
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「ひびけ 生命のハーモニカ!」奏者として、自ら障害を持ちながら、現在も老人ホームや障害児施設を訪問し、障害児や老人たちを激励している星野 晃さん。そんな星野 晃さんを紹介します。


〈星野さんとハーモニカの出会い)

星野 晃さん昭和29年清水市で生まれ、療育手帳Bの持ち主。貨物船に乗っていたお父さんよりハーモニカを習い、幼い時よりハーモニカに慣れ親しんできました

保育園でもいっぱいお友達が出来ました(2001/12)
 

晃さんが13歳の時父親が亡くなり、母親も昭和63年(晃さん33歳)に大腸がんにて他界されました。お母さんが、他界した後は、一人暮らしをして来られました。
中学1年生までの学校生活の後、静岡市の「療育施設」に通園、16歳の時より愛犬コタローと生活をして来ました。


〈ビュルガー病(厚生省指定の特定疾患)を発症〉

20歳の時発熱し、ビュルガー病(血管が収縮する厚生省指定の特定疾患=レイノー病)という難病を発症しました。加えて脊椎障害もあり、全身のしびれが続き、識字能力が衰退、排尿管脱となり、オムツを使用するようになりました。


〈野の花会との出会い〉

25歳の頃から色々な人の進めでハーモニカ演奏を披露するようになり、テレビにも取り上げられるようになりました。
今から15年程前、本会の初代会長と知り合うようになり、本会創立10周年記念チャリティーコンサートで歌手の田端義夫さんと共演したのがきっかけでした。今回の25周年記念のコンサートは二回目になります。


〈母親と愛犬コタローの他界〉

33歳の時、母親が他界されました。そして、施設などの訪問活動を休止しました。そんな中、愛犬コタローが行方不明になり、コタローの捜索願を県警と静岡新聞・中日新聞に依頼。その報道がきっかけとなり、再び訪問活動を再開を決意されました。
平成5年10月、コタローが22歳で他界。コタローの晩年は老犬になっていたため、星野さんがいつも抱いて散歩に連れて行ったと言います。コンサートに行く時もいつも一緒でした。
今は、星野さんはコタローの写真を持ってコンサート会場に行っています。そして、コンサートで歌うのはボランティアの人が作曲してくれた「ぼくとコタロー」の歌です。

 
 
「僕とコタロー」 作詞 星野 晃
1.
れんげのはなさくさんぽみち
ぼくとコタローまっしぐら
ともえのながれもさらさらと
はるかぜさそうさんぽみち
2.
さくらのはなちるさんぽみち
ぼくとコタローあるいてく
いつもいっしょにてくてくと
はるかぜさそうさんぽみち
3.
たいようやさしいさんぽみち
ぼくとコタローはしってく
ゆめみるひざしのそのはてに
あかるいきぼうがみえるまで
ぼくとコタローはしってく
 
「ぼくとコタロー」が試聴できます。右のコタロー君をクリックしてね

 

〈静岡新聞 平成5年11月25日の記事より〉

「愛犬コタローに別れの歌」
「闘病の青年支え22年」
「支援バンドが演奏会」
「愛と勇気に感謝」


「コタロー愛と勇気をありがとう」。清水市の身障者の青年の心の支えとして22年間生活を共にした愛犬コタローが22日、静かに息を引き取った。平成元年、行方不明になったコタローを捜そう−と本誌が掲載して大きな反響を呼び、巴川に落ちて衰弱しているところを市民が救出した。これがきっかけで、ハーモニカ演奏で施設の慰問活動を続けるこの青年を支援する輪が広がるなど、多くの善意が寄せられた。三月にはアマチュアグループによる”コタローバンド”も結成された。24日夜、在りし日のコタローをしのんでコタローバンドのメンバーが集まり、追悼演奏会が開かれた。

この青年は、星野晃さん。星野さんは中学1年で父を、6年前に母を亡くし、22年前から飼っていた愛犬コタローが唯一の”身内”。子供のころから自閉症、高熱、体のしびれなどを訴え、闘病生活を続けているが、父の形見のハーモニカで老人ホームや一人暮らしのお年寄りなどを慰問したり、チャリティーコンサートに出演、訪問した施設は10年間で500ヶ所を超えた。そんなときいつもコタローが一緒だった。

コタローは人間でいえば約120歳、動物専門誌に掲載されたほどの長寿犬。寄る年波には勝てず、衰弱が目立ったが、17日に静岡市で開かれたロシアのオーケストラとハーモニカなどとの国際交流ジョイントコンサートに星野さんと参加した。

 
 

しかし、これがコタローが人前に姿を見せた最後のコンサートとなった。翌日からほとんど寝たきりの状態で、強心剤などの注射をしても回復せず、22日星野さんが胸に抱きかかえると、コタローは「安心したようにスーと眠るように息を引き取った」という。

「れんげの花咲く散歩道、僕とコタロー走ってく・・・」。コタローとの一心同体の生活を歌った”僕とコタロー”が追悼演奏会でハーモニカ演奏された。「ただの雑種で、名犬ではなかったが、24時間そばを離れず、裏切ることなく自分を守ってくれた母だった。コタローの死を無駄にしないよう、コタローがめぐり合わせてくれた人達、仲間との人間としてのきずなを大切にしていきたい」と星野さんはコタローに最後の別れを告げた。

「野の花会」創立10周年記念
イベントでで田端義夫さんと一緒に
 
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